勇気
『えい子バレエ&ストレッチ研究所』を開いて、9年5ヵ月になる。その間に催した「バレエ発表会」はスタジオでの「ミニ発表会」が3回、三木文化交流会館での希望者だけの「仮発表会」が1回、サンポートホール高松第1小ホールでの「本舞台発表会」が5回。合計9回の【バレエ発表会】をしたことになる。数を数えたのは、なんと今日が初めてであるのに、驚きは少しあっても、歓びはあまり、無い。

  今、私は57才。バレエ教室を始めたのは48才の時。遅い出発だった。
けれど、確かに情熱に燃えていた。その情熱が今、無いわけではない。告白になるが、この年月に私は平均して2ヵ月間の入院生活を8回、した。「発表会」を終えると必ず持病が悪化して治療休養入院となるのだ。「誰もが道をあける勢いで突っ走り、燃え尽き症候群になる」自分に気付くこともなければ制御することも、私には本来の性として無理だった。

夢を追い求めて、10年目の今、なぜ、歓びが無いのか?

バレエブームの時は、生徒さんは25人を超えていた。ブームが去って、残ってくれる人もいたが、多くの人は去っていった。これを私はブームの所為にしたくない。私の性格がそうさせたのだと思う。もちろん、家庭の事情や、結婚、勉強、仕事等止むを得ない事情でバレエを諦めざるを得なかった人たちもいただろう。

私は「去る者は追わず、来るものは拒まず」の主義だった。今も、そう考えて、前に進みたい。自らの信念に従って突き進む自分の誇りを失いたくない。だが、なぜ、昔のように情熱が湧いて来ないのか? ≪孤独≫という氷のような寂しさが、私を襲っている≪信念≫が揺らぎ始めている。
言っても仕方が無いことだが、もし、私があと20才若ければ、そんな心は微塵もないだろう。情熱の任せるまま、自分の力を試すように突き進んだだろう。私は学生時代の自分がそうであったように、本来、そういうタイプの人間であるのだ。

私が大学4年生の時に就職活動をしなかったのは、上司に自分のすることを拒否されたとしたら「すみません。」と頭を下げることのできる人間でないのを、自分で知っていたからだ。限りなく無器用な人間だった。それは、本質的に今も変わらない。

  過去を振り返る年齢になったのだろうか? 「否」と強気のもう一人の私は即座に否定する。まだ、できる。信念を通せる。
≪勇気≫が今ほど必要で、それを自分のものとできるか否かで、これからの私の生活が楽しいものとなるか悲しいものとなるかに別れる。

「バレエ教室」では、過去の教訓を胸に刻み、そして自分を責めず人をも責めず、自分を愛し人を愛し、前を向いて進みたい。

≪孤独≫を友として≪勇気≫を出せる自分であろうと、決意している。

そして、いつかやって来るであろう最期の時に「自分の人生は楽しかった。」と本音で思える人生を創りたい。




ダイヤダイヤダイヤ えい子ダイヤダイヤダイヤ


| | 2011,08,25, Thursday 07:15 PM |
【第5回バレエ発表会】が成功のうちに終わりました!
  こんにちは!! 皆さん!
 本当にお久しぶりで、ごめんなさいね。
 一週間と3日前に、サンポートホール『第5回バレエ発表会』は終わりました。
 『発表会』まで、私は、ブログを書くことさえできないほど、心身を消耗していました。
 どうして? 昨年10月から、バレエ研究所内でも私事でも大変な日々が続いていたのです。ホームページを持っておきながら、全く活用できないほどでした。
 今年に入って、『発表会』を目前に、私の心の緊張は限界を越していました。ある朝起きると頭脳がプッツンしていて、正常に動く事も考える事も出来ないのです。愛車を運転することが危険で、タクシーで、かかりつけの病院へ行きました。主治医が言いました「『発表会』を辞めることはできないのですか?」と。「それは、できません。」………いつも飲んでいる薬の量が増えました。
 また、ある早朝に、心臓のあたりが締め付けられるような苦しさで目が覚めました。「息は普通にできるから肺ではないな…..痛みが続くようだったらタクシーか救急車を呼ぼう。…….」  幸いにして30分ほどで苦しさや痛みは無くなりました。  後で考えると、あれはストレスの症状だったのでしょう。
 2月に入って、あと『発表会』まで2週間、という時、自らの心との戦いに敗れそうになった時がありました。いみじくも、「死にたい」と一瞬ですが、思いました。それをメールで妹に送ると、優しい妹は、「『発表会』が終わったら、楽しい事、いっぱいいっぱいしようね。」と、メールで答えてくれました。  その言葉に、私はどれほど救われたか、一生、この恩は忘れないでしょう。
 そして、発表会9日前の金曜日、私がスタジオでいた時(生徒さんは誰もまだ来ていない時間でした。)、なんと、私が大学生時代に(東京でいました。)青春していた頃に良い思い出をいっぱい作ってくれた3才年上の従兄が、群馬県から仕事がてら訪ねて来てくれました!! 此処まで、人に住所を聞いて。亡くなった私の父にお線香をあげたくて、と。  それから、従兄とのメール交際が始まりました。従兄も私の不安な心を、精一杯の気持ちで励ましてくれました。  『発表会』の3日前、「亡くなった叔父さんも、自分の両親も(彼の両親、つまり私の伯父さんと伯母さん)ドキドキドキドキ、みんなでドキドキしながら、励ましているよ。」と、ユーモアを交えて、メールをくれました。どんなに私は嬉しかったことか。 さて、いざ、本番の日。私は5時起きで、髪をシニョンに結い、舞台化粧をして(サンポートに着いたら、お化粧の時間は取れないほど忙しいのです。)、8時半にサンポートに着き、広告用の大看板や各所に置く看板の設置を、妹やかけつけて手伝ってくださった元生徒さんと始めました。9時に第1小ホールの入り口の鍵を開け、生徒さん達を楽屋に入れて、いよいよ始まりです。
 舞台監督さんの的確な指示のもと、『場当たり』や『ゲネプロ』も順調に進んで行きました。
 さあ、4時半開幕、本番です!!

 皆さん、頑張りました!! 7時前に、『第5回発表会』は幕を閉じました。

 振り返って、今、私は「よくやった。」と自分を誉めています。こんなに苦しかった『発表会』までの日々はこれまでありませんでした。「死にたい」とまで自分を追い込んだ日々もありませんでした。でも、『発表会』は大成功だったのです。苦しんだ日々があったからこそ、大成功だったのかもしれません。けれども、未だ、脱力感から抜け出る事ができないでいます。発表会の様々な小道具はトランクに入ったままです。終わって2日間は、無気力でした。妹の企画で、鳴門の某温泉ホテルへ2泊3日しました。豪勢な小旅行でした。妹は言います「まだまだ、楽しい事はいっぱいあるよ。」と。
減量で苦しみながら、生徒さんたちの踊りを指導し、自分の踊りに毎日スタジオに通った最後の3週間。,,,,,,,,,,,
でも、音響さん、照明さん、舞台監督さん、進行アナウンスの方、全ての裏方さんをプロの方にお願いした『第5回バレエ発表会』、これまで、元生徒さんや知人の方に裏方をしてもらっていましたが、考えをチェンジして、業者さんと交渉しお願いして、正解だったと、私は思います。どんなにか、素晴らしいDVDや写真が出来上がってくることか、本当に楽しみなのです。
このように考えてくると、また、次の『第6回・10周年記念バレエ発表会』も頑張りたい、と私は思ってしまうのです。あんなに苦しんだのに、懲(こ)りもせずに。『バレエ発表会』には生徒さんは参加費用を出さなければなりません。何人の生徒さんがいようとも、10万円から16万円出さなければならないのは、常識なのです。それは、大道具や小道具、男性のダンサーを都会から呼ぶようになってくると、20万円までかかります。そこまでは、今の私のバレエ研究所では出来ません。また、そんなに費用を負担しなければならないのなら、発表会には出演しません、と言う生徒さんが多くなるでしょう。
けれども、今回の発表会でやはり赤字が出ました。かなり、業者さんにはコストを抑えていただいたのですが、それでも、少し赤字なのです。次の発表会では、今回で我慢した所をもう少し豪華にしたいと思うと、生徒さん達には、7万円を要求しなければならないのです。それでも、安いのだと思ってください。本当なのですから。
もうしばらく、私の脱力感は続くでしょう。次のステップに向けての休暇をとるという事は、あらゆる意味から重要なのだと知りました。スポーツ選手でも、大きい大会に出た後は、次の大会までしばらく心身を休めるそうです。人間は、機械と違って、フル回転し続けることはできないのです。
バレリーナは、厳しい仕事です。技術の習得は続けて行けば必ず可能ですが、体重の管理を常にしていなければなりません。でも、歳をとるほど良いバレエを踊ることが出来る……私は、過去に教わった先生から、その事を学びました若いときは、技術で踊るけれども、心が足りない。歳を経るとともに、人生を歩んでいる分、観客を感動させるバレエを踊ることができる。技術の問題ではなくなる。」と、いうことを。
どうか、皆様、外国のバレエ団のバレエを東京まで観に行ってくださいどんなに素晴らしいか、必ず、心に染み入るものがあります。『チャコット』に置いてある、あるいはサンポートのオリーブタワーの2Fにある『サンポート管理事務所』の入り口に無料で置いてある、「ダンスマガジン」を見てください。必ず、外国のバレエ団の公演が記載されているはずです。香川県からではちょっと遠いですけれども、チケット代もちょっと高いですけれども、観た後、決して損した気分にはならない事を保証します。レベルの高いものを観ないと、テンションを上げることは出来ません。香川県だけの(失礼ですが、この田舎の)≪井の中の蛙≫で終わってしまっては、悲しいではありませんか。

随分長いブログになってしまいました。
バレエレッスンスケジュールが、これまでと大幅に変わります。少し、私の考えるところあってのことです。在籍している生徒さん達への私の熱い思いは、変わりません。また、新しく入って来てくださる方への期待もあります。
【えい子バレエ&ストレッチ研究所】があと20年続いたら、どんなにか素晴らしい事でしょうか………!!


                      ハートハートハートダイヤえい子
ダイヤハートハートハート

| | 2011,03,09, Wednesday 01:36 AM |
今月の大きな収穫
私は、今月10月11日と17日の両日にわたり、東京へ行きました。 マーフィー版 『白鳥の湖』 と 『くるみ割り人形』 を観る為に。

 今、しみじみと思うことは、従来の『白鳥の湖』 や 『くるみ割り人形』 は大人も楽しめるけれども、子供たちの為の演出振り付けであり、今回のマーフィー版のそれらは、大人でないとその素晴らしさが全くと言っていいほど解らない、ものであろうと、私は真剣に思います。

 もう少し言えば、このマーフィー演出振り付けの『白鳥の湖』 や 『くるみ割り人形』 にあまり感動しなかった人は、精神的に大人でないか、バレエに対するビジョンが違っているかのどちらかでしょう。 

 また、十代の子供であっても、ひどく感銘を受けた人は、精神的に大人であると同時に、将来のバレエ界を切り開いてゆく力のある方だと、私は思います。
 
どうですか? 皆さんはどちらでしょうか? 




                         ダイヤダイヤダイヤ えい子 ダイヤダイヤダイヤ

| | 2010,10,30, Saturday 06:29 PM |
オーストラリアバレエ団 マーフィー版 『くるみ割り人形』 
 6日経って、また行って着ました、東京上野へ。
37年前にはこんなに人がいただろうか? と思ったのは私の錯覚でしょうか??
 行きのマリンライナー 電車 の終点岡山では、清掃係の女性に 「着きましたよ。」 と優しそうに声を掛けられ 女性 、 ハッとして飛び降り ダッシュ新幹線 のぞみでも終点東京でハッと気がついたときには乗客はほとんど織りかけていました。 きゅー 汗
 2回目の東京行きで気がゆるんでいたのか、疲れていたのか、 汗・・・・・。

 ともあれ、マーフィー版 『くるみ割り人形』 を観てきました!
 「これは、お芝居ではなかろうか」 とびっくりさせる幕開けでしたね。  だって、最初からダンスなんてどこにも無く、60歳に年老いたクララが家に帰って来る場面から始まったのですもの。 しばらくすると、これもクララと同じかもっと年をとった人たちが7人ほどクララの家に訪ねてきて、英語のセリフが飛び交わされる。 そして、やっと楽しそうなフォークダンスのような踊りを踊りだす。
 やがて、年老いたクララは、なぜか、昔のロシア戦争を思い出して、気分が悪くなりベッドに横になります・・・・・・。

 クララは、幼かった頃の自分を思い出し、厳しくても楽しかったバレエ学校時代を思い出します。 そこには、自分の学校友だちが大勢いて、素晴らしいコールドバレエを私たちに観せてくれます。
 やがて、帝政ロシアの不気味な足音が聞こえて来ます。 ここで、白い軍服を着た男性と若い頃のクララとの素敵なパ・ドゥ・ドゥが踊られます。 この男性はクララの恋人でした。 しかし、ロシア戦争の中、恋人は銃弾に倒れます。
 私が一番驚いたのは、 この帝政ロシア戦争の様子が、 舞台奥一面に張られたスクリーンに、なまなまとまるで昔の映画をいているように、映し出されたことです。  その映画には音や声は入っていませんでした。 映像だけであるがゆえに、一層ロシア戦争の凄まじさを感じさせるのです。 この映像は長く続きました。 何分位と問われても困るけれども、おそらくは5分くらいだったのかもしれません。
 私は考えました。 「これほど大きく、これほど事実に近く、これほど長い時間観客に見せるとは、いったい、この意図は何だろう?」 と。
 マーフィー版 『くるみ割り人形』 は、オーストラリアバレエ団の歴史、とも言われます。 それは、また別の言葉でプログラムに書かれてあったと思います。

 このDVDは、売られていませんでした。とても残念で、係りの人に尋ねると、輸入されていない、との答えでした。もしかしたら、この 『くるみ割り人形』 こそが、本当にオーストラリアバレエ団の歴史を演出したものであるから、海賊版が出ることを意図的に禁止しているのかもしれない、と私は思いました。

 前の 『白鳥の湖』 の時は、最前列のほぼ真ん中で観ましたので、ダンサーたちの表情をよく観察することができましたが、今回は、S席でも18列目のやや上手よりの席でしたので、私は、どうしても物足りなさを感ぜずにはいられませんでした。 観る席は、なんであれ、最前列が良いですね!

 2回にわたってマーフィー版のバレエ演目を観ましたが、得た物は大きかったです。古典バレエを超えて、バレリーナやダンサーに息吹を与え、演目そのもので時代と人間模様を描き出す。 私は、素晴らしい演出だと感嘆しています!!   「振り付け」 も、斬新な形が多かったですよ。
 学ぶべき事は多い、と私は今も改めて心を引き締めています。 

| | 2010,10,19, Tuesday 07:42 PM |
オーストラリアバレエ団 マーフィー版  『白鳥の湖』
  それは、あまりにも、素晴らしいものでした。

『白鳥の湖』 というと、バレエの代名詞のようなもの。 ストーリーもほぼ決まっていますね。 でも、この、マーフィー演出振り付けの『白鳥の湖』 は違うのです!

私は、オーケストラボックスの前の最前列で観ました。 昨日11日でした。 夜中に帰途に着きましたが、興奮は冷めやらず、眠れませんでした。

あまりの素晴らしさに、公演の最後の方では、涙が出そうになりました。 マーフィーの振り付けには、これまでどの国のバレエ団でも観たことのない、≪斬新さ≫があふれていました。 カーテンコールでは何度も何度も手が赤く腫れるほど拍手しました。 何回でも何回でも観たいと、今でも思います。

王子ジークフリートのフィアンセが、精神病院に入れられている様子、王子の愛人とされている女性の存在感、最後の、死にそうになっているジークフリートに白鳥となったオデットは自分の口から息を吹き込み、生き返らせるけれども、静かに結婚の印を示しながら海に沈んでゆく場面・・・・・・

私は、「今度生まれ変わったら、オーストラリアバレエ団のバレリーナになろう。」 と本気で思いました。 

  この『DVD』 が販売されていましたので、買ってきました。
  前もって、ストーリーが 『DANZA(ダンツァ)』 の雑誌に載せられていましたので、私のバレエ研究所の生徒さんに観せたいと思って、買いました。

  でも、ごめんなさいね、大事な大事なものですから、お貸しするわけには参りません。  何人かの生徒さんのご要望があれば、スタジオで日を決めて観ましょう! 何回観ても良いですよ。

  実は私、6月からこれを観に東京へ行こうかどうしようか、9月末まで迷っていたのです。 「どうせなら、もうひとつの 『くるみ割り人形』 も観たい!」   でも、そうすると東京2往復にチケット代2枚=10万円を越えてしまうのです。

  4ヵ月後に私は決意しました。母に頼んで、カンパしてもらったのです。 私の経済では到底無理でした。 家族に感謝していますハート

  今度、17日に再び私は東京へ行きます。 『くるみ割り人形』 を観るために 電車 右 新幹線  (飛行機は高いのですしょぼん

  まだ、11日の疲れが取れていません。 とてもしんどいです。 私は若くないので、過労になると持病が出ます。病院

  でも、「 人生って、頑張っただけ、良いこともある。 」 と思うことにします。
 
  いつ死んでも、悔いなし。 の道を歩みたいじゃないですか!!スペードスペード



                     ダイヤダイヤダイヤ えい子 ダイヤダイヤダイヤ
  

| | 2010,10,12, Tuesday 08:48 PM |